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2014.03.11

盛岡整体 盛岡均整院のブログ14

【 エゴ人間のしあわせ感覚 】

                 

ぼくは ”幸福反対論者” だ。

幸福というのは、自分に辛いことや心配なことが何もなくて、ぬくぬくと、安全な状態をいうんだ。

だが、人類全体のことを考えてみてほしい。

たとえ、自分がうまくいって幸福だとおもっていても、世の中にはひどい苦労をしている人がいっぱいいる。

この地球上には辛いことばかりじゃないか。

難民問題にしてもそうだし、飢えや、差別や、また自分がこれこそ正しいと思うことを認められない苦しみ、

その他、言いだしたらキリがない。

深く考えたら、人類全体の痛みをちょっとでも感じとる想像力があったら、幸福ということはありえない。

だから、自分は幸福だなんてヤニさがっているのはとてもいやしいことなんだ。

たとえ、自分自身の家の仕事がうまくいって、家族全員が健康に恵まれて、とてもしあわせだと思っていても、

一軒置いた隣の家では血を流すような苦しみを味わっているかもしれない。

そういうことにはいっさい目をつぶって問題にしないで、自分のところだけ波風が立たなければいい、

そんなエゴイストにならなければ、いわゆる ”しあわせ” ではあり得ない。

ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。 ばくは幸福という言葉は大嫌いだ。

ぼくはそのかわりに ”歓喜” という言葉を使う。

危険なこと、辛いこと、つまり死と対面し対決するとき、人間は燃えあがる。

それは生き甲斐であり、そのときにわきおこるのがしあわせではなくて ”歓喜” なんだ。

     

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 岡本太郎

   

芸術家の岡本太郎氏は、18歳でパリに留学し、芸術運動に参加し、ソルボンヌ大学で哲学・民族学などを修めています。

絵画や彫刻の作品ももちろん有名ですが、その生き方や哲学も多くのひとに影響を与えました。

   

岡本太郎氏の「しあわせではなくて ”歓喜”なんだ 」という言葉から、わたしは「念死」という言葉を思い浮かべました。

・・・「念死」とは、他人の死を念ずる呪いのような言葉ではありません。

「”人間は必ず死ぬものであること” を心に念ずること」が「念死」です。

いつもは忘れている(忘れるようにしている)「人は皆死ぬ」ということ・・・

自分を含め、誰もが明日死んでもおかしくない、という事実を常に心に留めながら生きるということです。

   

「刹那主義」ということばがあります。

「いまさえよければあとはどうだっていい」という一時的な快楽を求める否定的なことばとして捉えがちですが、

「過去や未来をよけいに思い煩わず、一瞬一瞬を大事にして生きる」という肯定的な、深い意味のことばでもあるのです。

そのように、「いま」を精一杯生き切ることが、「しあわせ」への道だと思います。

なぜなら、人間は「いま」しか生きることが出来ないからです。

「念死」を心に抱いていると、「いまを生き切ろう」「いまを生きるしかない」という気になるはずです。

そのような生き方こそ、「歓喜」の瞬間を得ることが出来るのではないでしょうか。

「いま」を無我夢中で生きる、その三昧境のような状態、それが、あとから振り返って「しあわせ」だったと思えるのでしょう。

    

また、「幸せという言葉はいらない」とう考え方は、水木しげる氏や黒鉄ヒロシ氏など、他にも多くの著名人が語っています。

「幸せ」という言葉があるから、人々は「幸せ」を求め、「幸せ」の幻想に惑わされる、といい、

「幸せ」という言葉があるから、「不幸せ」という考えが存在する、といいます。

     

これらの考え方が指している「幸せ」は、この世の物質文明から発する「欲望」に基づいたものだと思われます。

辛いことや心配ごとが無く、己の「欲望」が満たされること = 「幸せ」というものです。

そして、他の人と比べて自分の「幸福度」を測る、「”相対的” 幸せ」とでもいうようなものに対しての否定です。

自分と他人(世間)とを相対比較し、幸不幸を判断する、それ自体が不幸のもとである、と言っているのだと思います。

     

そのような「幸せ」とは別に、「世の幸せ・他人の幸せが自分の幸せ」として生きた人間がたくさんいるのも確かです。

・・・自分の人生は自分で生きなければならないし、自分を一番大事にすべき人間は自分であるはずです。

「自己実現」するということが、人生の大きな幸せといえるでしょう。

しかし、それだけでは幸不幸のものさしから抜け出すことは困難だといえます。

「喜び」とはほとんど一過性のものだし、人間の欲望は「足るを知らず」、際限なく増えていくものであるからです。

それだけではなく・・・「自分だけ」の幸せではなく、「他人の喜びを自分の喜びとする」という生き方を少しでも目指す姿勢が、

他人と比較し、後から後から苦悩をつくりだす「”相対的” 幸せ」から抜け出す道であると思うのです。

     

  

        

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