2016.04.07
【 何処か知らないところで 】
いのちを吹きこまれた刹那に
生まれた音はあのまま消えてしまったのだろうか
それとも何処か
私の知らないところで
永遠に鳴っているのだろうか
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 源氏鶏太
源氏鶏太氏(1912-1985)は1950~60年代を中心にいわゆるサラリーマン小説で一世を風靡した小説家です。
1951年に「英語屋さん」などで直木賞受賞、有名な「三等重役」など映画化された作品も数多く出しています。
私は、正義感の強い主人公による勧善懲悪の物語に引き込まれ、中学時代にその作品の殆どを読み耽ったものでした。
「損得で世の中を渡ってはいけない」 「男は言い訳をしてはならない」
小説に出てくる様々な言葉に若かった私は影響を受け、それゆえに実際苦い思いをしたことも多々ありました。
上の作品は、作者がまだ10代のころに作った「おと」という詩です。
音に対する哲学的な見解があり、そして音という存在が文学的に表されています。
・・・しかし私は、この詩の「音」というところを、「いのち」と置き換えて、つい考えてしまうのです。
昨年の4月に少林寺拳法岩手県連盟の先生が二人、立て続けに他界しました。
どちらも私と縁が深く、また、少林寺拳法岩手県連盟にとってかけがえのない存在でした。
特に、そのうちの一人は私と同い年、享年46歳の若さで突然この世を去っていきました。
昨日まで一緒にいて、これからも共に同じ道を歩んでいくのだと思っていた人が急にいなくなってしまった・・・
お葬式に参列し、見送った後でさえも、なかなかその現実が受け入れ難く信じ難いものでした。
このことは日常と別の出来事で、また次の皆で集まる機会に、何事もないようにひょっこりと顔を出してくれるのではないか、
また互いに顔をつき合わせて、あれこれ話が出来るものじゃないかと想像してしまう程でした。
私のそばに居たいのちは
あのまま消えてしまったのだろうか
それとも何処か
私の知らないところで
永遠に生きているのだろうか・・・
今から2400年程前にこの世を生きたお釈迦様(釈尊)は、死後の魂や輪廻転生については何も答えなかったといいます。
釈尊が説く非我(一切に我が物なし)と考えると、この肉体も、我と我である認識する魂も、あなたのわたしという「くくり」も、
そして他のもの一切との「くくり」も無くなります。
非我の境地には私は全然届かないので解らないのですが、そうなると「死すべき自己が無い」というわけですから、
生と死の「くくり」も消えてしまうというものなのでしょうか。
私達のいのちは生まれる以前に何処から来て、何処へ去っていくのか・・・
一切に我が物が無くて、すべてが「大いなるいのち」のようなものだと、この思う我がいのちはどうなってしまうのか・・・
ひとつに融けてしまうのか・・・ この眼で見てきた肉体の滅びのように消えてなくなるものなのか・・・
身近な人が亡くなると、すべての人がつい考えてしまうようなことです。
「我有り」と認識するもとは妄執であるといいます。
私達はなるべく妄執から離れ、生きるべきである、と。
苦しみのもとである妄執から離れ、あらゆるものにこだわらずになおかつ 「生きる」 「生ききる」 のだ、と説かれています。
しかし、永遠という眼に見えないもの、理解出来ないものへの畏怖と憧憬は心を豊かにさせます。
そして、死を「消えてなくなるもの」と思うより、「私達の知らない何処かへ旅立つもの」と捉えたほうが心は落ち着きます。
亡くなられた人を思うときも、「先に旅立った人を偲ぶ」としたほうがすっきり受け入れられます。
先の詩にあるような「わたしの知らないところ」が、「知らないままで存在する」のだ、としたほうが心が安らかになれるのです。
妄執やこだわりを捨てつつ、なおかつ生を思い、死を思い、「いま」を大事に生き続けていくのが大事であると思います。
一年前に二人の知己を亡くしてから、毎朝、新聞を読むときについ「お悔やみ欄」に眼が行く習慣がついてしまいました。
「盛岡県北」「県南」「沿岸」・・・岩手県だけでも毎日何人もがこの世を旅立たれています。
この方はこの歳で亡くなって・・・などいろいろ考えさせられます。
また、「お悔やみ欄」は慶弔欄でもあるので結婚そして誕生の記録も見られます。
「何処からこの世に来て、何処に行くのか」 ・・・一人ひとりのこの世における境となる日が毎日記されているのです。
奇しくも明日、4月8日は釈尊の生まれた日、花まつり法要の日です。
諸行は無常であり、刹那に消え行くものであり、諸法は無我であるといわれます。
それは決してマイナスなどではなく、人知を超えた大きな流れの中のひとつといえるかも知れません。
知らないことを知らないままで良しとし、「何処か知らないところ」に思いを馳せながら、先立たれた人を祈ろうと思います。
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