2013.11.11
【 幼児期における過保護とは 】
世間では"過保護"はよくないというでしょう。
でも本当の”過保護”というのは何かというと、
もともと持っている子どもの要求を十分すぎるほど保護してあげることを”過保護”というのです。
子どもはもともと持っている要求を出すことによって、
それを大人、親が処理することによって安心するわけです。
これが子育ての方程式なのです。
それで、安心するとどのようになってくるかというと、
やってもらった人のことを信用するのです。
これが「信頼関係」なのです。
・・・人を信じることと、自分を信じることはいっしょなのですよ。
人を信じることによって、自分を信じるのです。
自分を信じることが出来ると、自分を好きになるのです。
自分を好きになるような人というのは、自分に自信がある人なのです。
自信というのは人を信じることで養われるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 伊藤幸弘
非行カウンセラーで、自ら立ち上げた教育研究所の所長の伊藤幸弘さん。
子どもの非行や問題行動は、幼児期の子育てが原因と訴えています。
幼児期の子育ての形は、過干渉と過保護、放任主義の3つのどれかだといいます。
放任主義というのは、責任を全部その子どもに押しつける形。・・・でも悪さをすれば親が怒る。
過干渉は親の要求が先行し、これとこれとこれを先回りして親がレールを敷いてしまう形。
この2つには”保護”がないといい、世間ではこの”過干渉”のことを”過保護”と見てしまっている、というのです。
幼児期の「もともと持っている要求」とは「もともとなんでも(自発的・能動的に)やりたい」という要求であり、
親は子どもが、ミルクを飲んだり、食べたり、歩いたりといった様々なやりたいことを、
その要求を出すことを妨げず、しっかり見守り、そしてうまく処理してあげる、
・・・これが子どもの要求を”保護”することであり、
子どもはそれにより安心し、信頼や自信へとつながっていく、と話しています。
逆に、幼い頃に親に十分に保護してもらえなかった子どもほど、大きくなった時に親への要求が大きくなるそうです。
そして、幼児期に要求が満たされなかった分だけ、「あれ買ってこれ買って」と要求し、わがままになる。
成長にしたがって、保護から干渉(しつけや教育)に転換をしたいのに、
幼い時期からの信頼関係が出来ていないため失敗してしまう、というのです。
この間、17年ぶりに、懐かしい人と盛岡の地で再会しました。 三浦伸也さん、通称”しんちゃん”です。
私が東京にいた頃、少林寺拳法の本部の職員をされていて、少林寺拳法東京センターに勤めていました。
私もそこに週1回「乱捕研究会」の集まりで通い、一緒に乱捕や技の修練をしたものです。
今は、職員を辞めて、NPO法人「ほがらか絵本畑」理事長、ブックドクター”しんちゃん”として全国を飛び回っています。
東北の沿岸にも、「悲しい時だから笑いが必要」と笑顔を起こす読み聞かせ(読み遊び)に何回も通われています。
・・・伸也さん曰く、「岩手はまだいいけど、全国の小学生で立ち歩きなどの問題がでている」と言っていました。
じっと座っていられない立ち歩きや、話しを聞けない子ども・・・しかし岩手でも身近に聞いており、とても増えています。
ADHD(注意欠陥・多動性障害)などの子どもも増えていて、頑張っている保護者の方もたくさんいらっしゃいます。
でもADHDなどと言われない多くの子どもたちに、この現象が起き、増加している現状に、
伸也さんも、親の幼児期の子どもへの関わり方、愛情不足が原因と話していました。
また、赤ちゃんのころからでも保育園にあずけるために(働かなくてもいいのに)仕事を探す親が増えていたり、
スマートフォンを見ながらの授乳(赤ちゃんに顔を向けない・目を合わせない)なども多い・・・と嘆いていました。
「保護する」とは自分の時間を削って、子どもの要求を見つめ、世話をし、溢れるくらいの愛情を注いであげることです。
今の世の中、本当に忙しくてどうしようもなく、見てあげられないという方も多いのでしょうが・・・
それでも出来る限り、子どもの一生をも左右する大事な時期に、保護されている安心感と、
人を信じ自分を信じること、そして自分を好きになり、ゆるぎない自信というものを身に付けさせたいものです。
・・・「自立心のある心に育てるのが”過保護”」というふうにとらえると、
本当の愛情ある子育ての大切さが分かってくると思うのです。
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